大阪産(もん)名品の会


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大阪産(もん)事業者の紹介

株式会社 塩五

当店は『塩五』といいます。『塩五』と書いて「しおご」とよみます。「しおご」では発音しにくいので、地元ではなまって「しょうご」とよばれることのほうが多いかもしれません。

初代塩屋五兵衛は、それまで代々、干菓子やニッキ餅などを作って商売をしていた泉佐野の地をはなれ、貝塚で新たに菓子屋を開業しました。それが、江戸時代末期、幕末の安政元年(西暦1854年)のことです。当店では、この年をもって創業の年としております。
店名は、家号にちなんでいます。創業者の塩屋五兵衛(明治維新後、塩谷姓となる)は、その名から『塩五』と呼ばれ、家業を継いだ子孫も代々「五」の字がつく名が多く、塩谷家は今日にいたるまで、『塩五』の家号で地元では呼ばれてきています。家号の『塩五』とは別に、明治の中頃からは、「塩谷堂(しおたにどう)」という店名で営業していましたが、『塩五』の方が名の通りがよく、昭和四十年代半ばころより、店名も『塩五』となりました。平成四年(1992年)には法人化して、「株式会社塩五」としました。

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二代目 塩谷五平

明治36年(1903年)に大阪で開催された第五回 内国勧業博覧会に村雨を出品した時の
入場者証。